岩本ナオ 『Yesterday, Yes a day』

Yesterday,Yes a day (フラワーコミックス)

Yesterday,Yes a day (フラワーコミックス)


恋愛以外の感情を丁寧に描いている。
特長は、平凡な設定で描き切っているところ。
なかなかできることじゃない。



―あらすじ―


小麦は母親が入院して以来寂しい思いを抱いてきた。
そんな中、小学校の時に転校した多喜二が戻ってきた。
小麦の生活に多喜二が戻ってきて、何かが変わり始める。



―感想―


一読しただけでは、引っ掛かるところがあって消化不良でした。
本作の軸になるものが分からなかったからです。
その軸は恋愛かなあ、と思っていたのですが、どうも違うようです。


大抵の恋愛を主題にした漫画は、結末と経過がはっきりしていると思います。
主役のカップルが付き合う、とかのように恋愛感情と結果が明確だと考えます。
けれど本作は違うのです。
多喜二が小麦へ片思いするのはありますが、それが作中では実りませんでした。
小麦の他記事への恋愛感情は、ほとんど変わりません(ただ、最後のシーンもそうかと聞かれると自信はありませんが)。
加えて、設定がとても平凡で、特徴的な要素がありません。
飛び抜けたルックスや才能を持っている人物は全く出てこないのです。


と、以上のようにどうもはっきりしない主軸にもやもやとさせられました。
だけど、本作には何か惹きつけるものがあって、読み直してみました。


気になったのは、恋愛以外のことでの心理描写がストレートではないところです。
小麦と多喜二の二人は、恋愛に関することだとすぐに表情に出したり、相談相手に打ち明けたりしています。
一方で恋愛以外のことだと、無表情だったり、言葉に出さなかったりしています。
二人はその感情をあまり表に出さないところが目につきました。
ただ、二人の間では比較的に感情が出るところも同時に気になりました。


作中の時間が進むにつれて、感情表現が豊かになっていきます。
つまり、二人で過ごす時間が重なるにつれて、表情や言葉が感情を出すようになっていきます。
最初は久々に再会したため、表面的なやり取りです。
しかし、だんだんと変わっていきます。
幼馴染としての特別な関係が影響を与えているようです。
自分の感情に素直になるような影響を、相互にもらっているのです。


面白いのは、それに多喜二が気が付いていて、小麦は知らないところです。
多喜二は、父親のもとでは主体的に行動できないことに気が付いたため、小麦がいる田舎へ戻ってきました。
そのため、小麦から主体性をもらっていることに気が付いているのです。
けれど、小麦はどこか感情を押し殺しています。
そこの多喜二は気がついて、自覚的に小麦のために行動します。


さらに面白いのは、そこに多喜二の小麦に対する恋愛感情が絡んできて、無口な性格を加速させるところです。
小麦は母親がいない寂しさを抱えています。
そんな小麦に対して、照れ隠しでよそよそしい態度を取ったら…
というように、感情の擦れ違いが二重の要因で生まれてしまいました。
この微妙な感情を絵と言葉でシンプルにかつ、じっくりと溜めて表現しているところにやられました。
こういう背景があるからこそ、最後のほうで見せる小麦の笑顔がいいものに思えたのだと考えます。